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どんぐり倶楽部の糸山先生の雑記帳

絶対学力を育てる[どんぐり倶楽部]の糸山先生が書いている日々の雑感

■子供を壊さずに、思考力養成をする方法(文責:どんぐり倶楽部)

●子供を壊さずに、思考力養成をする方法は、一つしかありません。

 

●それは、人類が最も得意とする(脳の90%以上をその処理に使っている)

 視覚イメージの再現と操作&その視覚イメージとリンクした言葉

 を使った方法である。

 

●この教育方法を、何と呼んでもいいのですが、

 この方法しかないのです。

 人類の認識形態がそうなっているのですからね。

 

*糸山くん(息子です):現在、国立大学院生

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*米山くん(ニューリーフアカデミー卒業生):現在、筑波大学附属駒場中学生f:id:donguriclub:20140407222654j:plain

 

*教育ルネサンス(読売新聞)

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*下記は、NHKの「クローズアップ現代」で<どんぐり倶楽部>を取材した時の

 取材ノートの一部です。

■下記は、NHKエデュケーショナル創立20周年記念事業「10歳の壁」プロジェクトの報告書からの抜粋「取材ノートの一部」である。

*報告書編集委員:六本良多氏(主任プロデューサー)の了解を得て掲載。

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 イメージ力と「10歳の壁」

 

「10(9)歳の壁」という問題に強い意識を持っている人の一人が、教育アドバイザーの糸山泰造さん(どんぐり倶楽部主宰)だ。著書の副題にも『「9歳の壁」をどう突破していくか?』というフレーズを使っている。

 糸山さんは、学習塾で教えていた経験から「10歳の壁」現象に危機感を持った。小学校低学年で、同じような計算問題をくり返し練習するなどの「反復学習」を重ねてきた子どもたちが、小学3~4年生以降、なぜか学力が伸びなくなる。そうした現象に悩んだ末、独自の教育手法にたどりついた。算数の文章問題を、あえて式を用いずに、絵に描いて解く、という独自の方法論だ。問題文(「言葉」)を、時問をかけて、正確に「絵図」としてイメージする力こそ「考える力」だというのが持論だ。

 「子どもの力に大きな優劣はない、自分のペースで十全に生きてほしい」との思いを込めて「どんぐり倶楽部」を名乗り、インターネット経由で教材を提供。全国の学習塾や小学校、家庭などで利用者の輪が広がっている。

 糸山さんが開発したのは独自の算数の文章問題。そこには、いくつかの工夫がある。聞題文は必ず数行以内に納まる短いものにしている。昆虫や動物など子どもが好きなもののほか、あえて架空の生物を登場させ、想像力を使わせる。文面は親しみやすいものだが、問題の論理構造は、実は複雑で、単純な計算を覚えて当てはめれば解けるという問題はない。指導者が子どもに行う指示は「問題文に出てきたものを順番に絵に描く」ということだけ。子どもたちは時聞をかけて、具体的な虫や動物を思い浮かべながら描いていく。問題文の要素一つ一つを絵図に描くことで、複雑な論理構成が明快に見えてきて、最後は単純な計算で答えが出てくる。

 

 学習塾で見えてきた「10歳の壁」

 

 糸山さんをはじめ、各地の学習教室や塾で、子どもたちを見ている先生たちは、近年、子どもたちの異変に危機感を持っているという。計算ドリルは素早くできるのに、文章題になると、問題文に出てきた数字を並べ、デタラメに四則演算を試みる。問題の意味を問うと黙って思考停止してしまう。わからない文章題が続くといらだって立ち歩き、暴力的になったり、考えることを拒否する。そうした子どもたちの状態に悩む声は、どんぐり方式を採用しているいくつかの学習塾で聞いたが、それ以外の取材先でも多く耳にした。

 それだけではない。時間の感覚がなく、「A地点からB地点まで〇〇時間かかりました」という問題文の意味がわからない小学生や「いくつかの物を数人で分ける」状況が想像できない小学生なども少なくないという。その背景の一つとして、単純な計算を「基礎」として徹底反復するあまり、「自ら考えるカ」を失っている、という教育方法の問題があるのではないかという。糸山さんによると、反復ドリル学習や、正答のみを求める教育は、子どもが「覚えた」ことを吐き出すだけで、自分で「考える」必要がないため、考える力を失わせるという。「勉強以外の活動も……」と通わせる「習い事」の多くも、実質は「覚えた」ことをアウトブットすることに終始している、とも指摘している。

 また、もう一つの背景として、日常の中での「体験」が極端に貧弱化しているという生活環境の問題があるのではないかともいう。日常の移動はすべて親が車で送迎し(そのほうが親にとっても楽なため)、学校と家と習い事の教室をドア・トゥ・ドアで行き来するような生活や、親子の間の会話も「〇〇しなさい」といった「電報的」なコミュニケーションが多くなっていることなど、生活体験全般が貧弱になっていることがあるのではないか、と言うのだ。どんぐり方式を取り人れている塾の多くは中学受験を主目的にした進学塾ではなく、一般的な学習塾だ。統計的裏付けはないが、そうした現場で子どもたちを間近に見ている先生や保護者たちの実感こそが、子どもたちの異変の「兆候」を捉えているのではないだろうか。

 

 「論理構造」を意識させる「絵図」方式で

 「抽象概念」に気づかせる

 

 糸山さんの教育手法は独特だが非常に本質的なものを含んでいると感じた。今回の取材の観点から、2つの特徴に注目した。

 

(1)「論理構造」を明確にする

 どんぐり倶楽部の方式の第一の効果は、文章問題の日本語が意味する「論理構造」を、絵に描くことで明確化すること。ここでの「絵を描くこと」は、情操を豊かに……という意味だけでなく、論理的な意味も持つ。問題文に出てきた言葉すべてを絵図にすることで、文の意味を正確に把握していくことになり、論理的な思考のプロセスが視覚化され、明確に意識されるようになる。情緒的な想像力と、論理的な思考力が分断されずに育っていくのだ。

 「クーズアップ現代・10歳の壁を乗り越えろ2009/06」の番組では、女の子が、やや複雑な算数の問題を、絵に描き、白問白答し、試行錯誤しながら解いていく様子を紹介した。与えられた計算法を使いこなすのではなく、その子自身が持っている等身大の考えや推論で答えにたどりつく、生き生きとしたさまが見られた。それは、彼女にとって楽しいプロセスであるらしく、もともと苦手で嫌いだった算数が、絵を描いて解くことで好きになった、と答えていた。

 

(2)「抽象化」過程をはぐくむ

 もう一つの特徴は、長期的に現れてくるものだ。どんぐり方式の問題をいくつも解いていく中で、「具体的な思考」から「抽象的な思考」へと、自然に移行していくのだ。

 例えば、最初は具体的なアリやカプトムシを1匹ずつ絵に描いていた子が、やがて、それらを〇印などの抽象的な図で表すようになる。〇印で、日の前にないアリを表す、という「抽象化」を自らやるようになるのだ。

 あるいは、「大きな数」の概念を獲得するプロセスがある。最初のうちは問題文に出てくる「80個」や「100人」を一つーつ全部絵に描く子がほとんどだが、問題を解き進むと、やがて「1000」「10000」という数が問題に出てくるようになる。すると、一つ一つ描くのが「面倒くさくなって」、自然に、1個や1匹ずつ描くのではなく、10や50、100をひとかたまりとして描くようになる。大きな数の概念は教え込もうとしても難しいものだが、どんぐり方式では自分で工夫しながら気づいていく、というプロセスが起こるのだ。

 別の例では、「演算」の概念を獲得するプロセスもある。最初は一つ一つ絵に描いたものを「数えて」答えを出していた子が、ある時、数えるのが面倒になって「足し算」を使えばよいことに気づく。そして「足し算」をくり返していくプロセスを経て、やがて、「掛け算」を使えばいいことに気づいていく、というプロセスをたどる。番組では紹介できなかったが、取材で訪れたどんぐり方式を取り入れている福岡県の学習塾の女の子(小学5年)の過去の答案にそのプロセスが残っている。その女の子は、3年生の時に塾に入ってきた。以前は、計算練習を重んじる別の塾に通っていて、小6レベルといわれるほど許算が得意だった。しかし、この塾に入ってきた時、掛け算が必要な文章問題を前にしても、自分で「掛け算を使う」という判断ができず、手が動かなかったという。計算問題の形式になっていれば、覚えた九九を実行するだけなので答えられるが、彼女は掛け算の「意味」がわかっていなかったのだ。こうした事象は教育現場でよく聞かれる。「これは何算の問題?」と尋ねてくる子どもが増えた、と嘆く先生が多いのだ。その女の子は、どんぐり方式を始めてしばらくは、絵に描いたものを一り一つ「数えて」答えを出していた。数か月後の答案では、一つ一つ数える代わりに、「足し算」をすればいいことに気づき、「+」の式が登場した。さらに半年たった後、「足し算」をくり返す代わりに、「掛け算」を使えばいいという発想に至り、「掛け算」という演算が実感を伴って使えるようになっていった。足し算や掛け算という抽象的な概念を「覚える」のではなく、具体的な工夫を重ねることで身につけていったのだ。

 

 問題文というワンダ一ランドの中の「総合学習

 

 どんぐり方式では、指導者は解き方を教えない。子どもが持っている手がかりは「絵図に描く」という方法だけ。最初のうちは問題に出てくるアリやカブトムシを好きなだけ詳しく、きれいに描いてもいい。いくら時間をかけてもよい。問題が解けた楽しさ、うれしさを経験するうちに、そうしたことは省略されていき、おのずと抽象化されていく。どんぐり方式では、子どもが自由に時間をかけて試行錯誤してよい。100以上のものを一つ一つ描いて数えてもかまわないし、足し算や掛け算を使っても構わない。通常の、段階ごとに定められた手法を順番に身につけ、階段状に上っていくという、コースの決まった教育プロセスではない。

 山を探索しながら好きなルートで登るように、さまざまな体験をし、それらを通して知見や学力を身につける「総合学習」「プロジェクト型学習」に近い。一冊の問題の中のワンダー(驚き)を自由に探検していく、いわば、「ミクロな総合学習と言えるのではないか。

 

 意欲を取り戻す

  絵を描くことから考えるペースをつかんだ折どもたちには、学力だけでない効果も現れるという。東京都内のある学習塾では、数年前から、計算や漢字はできても文章題や読解では思考が止まる、といった子どもたちの“異変”を感じ、去年(2008)、「どんぐり方式」を採用した。ここで学ぶ子どもの一人(小4)は、一年前に初めて来た時は、落ち着きなく立ち歩き、先生の言うことも聞かず、計算はできても文章題は拒否。お笑い芸人のマネを執拗にくり返したり言い訳をして「考える」ことを拒否していた。しかし「どんぐり方式」で絵を描いて考える術を身につけた後は、文章題を次々と自力で解くようになった。問題文の内容を独り言で語りながら、色鉛筆を使ってったない絵を描いてじっくり解いていく。考える力がついてきた彼は、落ち着いて机に向かうようになり、行き帰りのあいさつも自然と出るようになったという。